408 OWN WORKS

もの作りと生活。作りたいと思った「もの」を自分の手で作るのが好き。興味を持ったものに対して行動を軽く。長く使えて、尚且つ味の出るものが好き。born to run見て走りはじめました。
21
2014

ワラーチ1号 1年3ヶ月使用

素材 / ビブラム#8338 + マテック、プレーンゴム

紐 / 綿紐→ブーツの紐→リフレクトパラコード

重さ / 127g


ワラーチで走り始めて1年3ヶ月になりました。
ソールは反り上がって足型がハッキリ付いてます。ここまでくるとかなり馴染んで良い感じです。1000キロ以上はコイツで走っていると思いますが、まだまだ走れそうです。


毎回結ぶのが面倒なのでスリッポンタイプの結び方にしてるので丁度良い感じに結べると解けないですし、毎回ただ履くだけなので楽チンです。

裏の結び目は何度か走って馴染ませた後、シューグーで補強してあります。

14
2014

Mt.Sugi特製、ミニマルワラーチ 〜作り方編〜

sugiedit:

前回はオリジナルの『材料編』を紹介しました。

今回は、作り方編ですが、その前に。

自分で書いていて気がついたんですが、この材料を使った結構大きいメリットがありました。

EVAフォームを使う
      ↓
超軽量ワラーチになる
      ↓
固定する鼻緒の負担ほぼなくなる
      ↓
紐ずれがなくなる!

時々ネットで、「紐ずれが出来た」という書き込みがあるのですが、僕は今のところ、10km走っても20km走っても、毎日のジョグで使っても全然痛くなりません。

01
2014

ナイトラン用ライト

ナイトラン用にリフレクターかライトくらいあった方が良いと最近気づいたので、
100均で探してみるもピンク色の奴しか見つからず不貞腐れて家に帰るとふとアイディアが。

チャリンコ用のライトのプラスチック部分が壊れて使っていないのがあったので、
ノースフェイスのドットショットジャケットをバラした時にとっておいたゴムを通して完成。

見た目はアレだけど、点灯させれば目立つし充分でしょう。
あるもので何とかする事は大切ですな。

23
2012

人に好かれて喜ぶっていうのが、ぼくにはよくわからないんだ。人に好かれて嬉しかったことってあんまりないんだよ。「自分が誰かを好き」っていうのは喜びだよ。でも、好かれて喜ぶっていうのは、よくわからない。自分が好きじゃなかったら、好かれることにはなんの意味もないからね。

思われるよりも思ったほうがいい、ってことだよ。

「日本人の自尊心」についてアンケートをとったら、アメリカと中国並みの自尊心の高さだっていう結果が出たそうで、ぼくは呆れたの。自尊心っていうのは嫉妬に結びついてるものでロクなものじゃない。自尊心ってのは、それを維持するために全生命を使うものだよ。自分がよく見られたいとか、アイツは許せないとか、そうやって自分を高みに置いておきたい。

他国を攻めるのも自尊心だし、自尊心がいろいろと悪いことをやっているわけだ。

ドン・ファンっていう人は、人間は自尊心を維持するためにあらゆる力を使いすぎていて、自分を充実させる力がもう残ってない、だからそんなもの棄てちまいなって言うんだ。自尊心を維持するのはヤメた方がいい。だって、自分探しとか、イヤじゃない。なんか。自分を探してるうちに、どうせ人にぶつかっちゃうんだから。

ほかにやることがあると自尊心に構っていられなくなるから、ほかに力を使うってことがわかればいいんじゃないかな。普通に生きているなかでモノをつくっていくってことをしないと、自尊心しか力を使うところがなくなっちゃう。

モノをつくる、クリエイティブってのは音楽とか絵とか思われがちだけれどね、そうじゃない。

モノをつくるっていうと、みんな「自分的」なものばかりつくるでしょ。ぼく自身もそうだったから、それはよくわかる。でも、自分が編み出したと思っていたリズムも、実は昔からあったもので、そのことがわかったときに、モノづくりっていうのは何かが自分を通して過去から未来に通っていくだけだっていう風に感じたの。

結局のところ一番の衝動は楽しさなんだよ。自分が楽しくやるためにそうやってる。「ノッちゃうなあ」って感じ。そこに自分がいる。

- 細野晴臣『分福茶釜』より (via browse) (via plasticdreams) (via tra249) (via wagamamaya) (via shortcutss) (via yellowblog) (via motomocomo)
26
2012

人に好かれて喜ぶっていうのが、ぼくにはよくわからないんだ。人に好かれて嬉しかったことってあんまりないんだよ。「自分が誰かを好き」っていうのは喜びだよ。でも、好かれて喜ぶっていうのは、よくわからない。自分が好きじゃなかったら、好かれることにはなんの意味もないからね。

思われるよりも思ったほうがいい、ってことだよ。

「日本人の自尊心」についてアンケートをとったら、アメリカと中国並みの自尊心の高さだっていう結果が出たそうで、ぼくは呆れたの。自尊心っていうのは嫉妬に結びついてるものでロクなものじゃない。自尊心ってのは、それを維持するために全生命を使うものだよ。自分がよく見られたいとか、アイツは許せないとか、そうやって自分を高みに置いておきたい。

他国を攻めるのも自尊心だし、自尊心がいろいろと悪いことをやっているわけだ。

ドン・ファンっていう人は、人間は自尊心を維持するためにあらゆる力を使いすぎていて、自分を充実させる力がもう残ってない、だからそんなもの棄てちまいなって言うんだ。自尊心を維持するのはヤメた方がいい。だって、自分探しとか、イヤじゃない。なんか。自分を探してるうちに、どうせ人にぶつかっちゃうんだから。

ほかにやることがあると自尊心に構っていられなくなるから、ほかに力を使うってことがわかればいいんじゃないかな。普通に生きているなかでモノをつくっていくってことをしないと、自尊心しか力を使うところがなくなっちゃう。

モノをつくる、クリエイティブってのは音楽とか絵とか思われがちだけれどね、そうじゃない。

モノをつくるっていうと、みんな「自分的」なものばかりつくるでしょ。ぼく自身もそうだったから、それはよくわかる。でも、自分が編み出したと思っていたリズムも、実は昔からあったもので、そのことがわかったときに、モノづくりっていうのは何かが自分を通して過去から未来に通っていくだけだっていう風に感じたの。

結局のところ一番の衝動は楽しさなんだよ。自分が楽しくやるためにそうやってる。「ノッちゃうなあ」って感じ。そこに自分がいる。

- 細野晴臣『分福茶釜』より (via browse) (via plasticdreams) (via tra249) (via wagamamaya) (via shortcutss) (via yellowblog) (via motomocomo)
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